ミューレンは、着いた日も、翌日も小雨もようであった。
晴れ間をみてホテルを出ると、谷間から湧きあがる雲が、また雨となった。
短い町並みの空地や、すぐ裏の山の斜面にも、草花がいっぱい咲きあふれていた。
町外れに近い角を曲がって急坂を登って行くと、柵をまわした両側がお花畑だった。
傘をさして歩いている人は他におらず、犬をつれた牧夫が下りてくるのと会っただけだった。視界が悪くこの道がどこに続いているのか不安があったが、花にひかれながら登って行くと、お花畑の中にレストランがあった。ブルーメンタール(花の谷)の入り口のゾンネンベルクであった。

ミューレン イメージ |
三日目の暁方、寝惚け眼で窓を見ると、すぐ近くに、圧倒するような雪と岩の大きな山が聳え立っていた。
「わあっ」と歓声をあげて立ち尽くす。息もつけないほどである。アイガー、メンヒ、ユングフラウだった。二日待っただけに、感動も大きい。
朝食もそこそこに、ロープウェイでシルトホルン展望台(2970m)に登る。アイガー(3970m)、メンヒ(4099メートル)、ユングフラウ(4158m)の三山の他に、グレッチャーホルン(3983m)、ミッタークホルン(3895m)、グロースホルン(3762m)と四千メートル近い雪の山が、ぐるりとまわりをとり囲んでいる。錚々たる雪嶺である。
回転式レストラン、ピッツグローリアで熱い紅茶をいただきながら、ゆったりとした気分で山岳風景を楽しんでいると、同行の人達が一生懸命スケッチをしている。誘われて私もスケッチブックを開く。ゆっくりではあるが、山が動くので早描きをせざるを得ない。
その後、急にお腹が痛くなりまわりの人に心配をかけたが、ホテルのベットに寝ているのも惜しく、午後、また昨日のお花畑の中の坂道を登ってゾンネンベルクのレストランに出かけた。

エーデルワイス
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昨日、家内がレストランのテラスに置いてあった鉢植えのエーデルワイスをスケッチさせてもらったお礼に、そのときの絵を一枚届けるためだった。
レストランの婦人は、「私のエーデルワイス」といって大層に喜び「来年もまたおいで」といってくれた。
お花畑は、麓の方からタンポポ、キンポウゲ、マツムシソウ、キンバイソウ、トラノオ、マンテマ、フウロウ、ワスレナグサ、そしてゲンチアナやコッホリンドウ、アネモネと咲き登っていた。クロッカスやサクラソウ、ソルダネラの咲き初めたブルーメンタールを横切り、サウンド・オブ・ミュージックを思わせる草原を越えシルトアルプ(1951m)の集落をまわって、谷川の上の道をミューレンに帰った。広々としたお花畑の上に、ユングフラウの巨岩が山頂から谷底まであらわに見せて迫っていた。
快晴に恵まれ、満足な一日であった。